2017年1月10日火曜日

ズレズレ『べっぴんさん』

このドラマは本来やるべきことからずれていることが多い。今日の回(81)もそうだ。麻田がもう靴を作れる体ではないと、さくらの靴を作って欲しいというすみれの依頼を断るのだが、二人がかりで考え直して欲しいと懇願する。麻田最後の作品をさくらに、そしてドラマの最初の方ですみれが麻田の作業を覗いていたことや、ものづくりとは何かということを教えてくれたのが麻田だということを視聴者に思い出させることで、第一部の終わり(?)に持っていこう、というのが脚本の狙いだろう。だが、こうすると麻田が文字通り老体に鞭打って靴を作らされているようにしか見えない。

本当は麻田自身に最後の靴はさくらのために作る、作りたい、と言わせるべきだった。麻田は子供も弟子もいない設定らしい。ならば、さくらの顔を見て、かつてすみれが自分の作業を熱心に覗いていたことを思い出し、それが今につながっているのではと思わせる。そして自分に何が残せるか考えたとき、最後の力を振り絞って、さくらのために本物の靴を作る決心をする、で良かったのではないか?そうすれば最後の靴作りは引退の儀式的なものとなる。予め最後だということが分かっているからこそ、すみれやさくらばかりか君枝や良子とその子供たちが見守る、という演出も成立するのだと思う。

麻田の言う「本物」と玉井の偽物を対比するのは良かったが、前に玉井が出てきてから時間が経ち過ぎているので、今まで何やってたんかーい、とツッコミたくなるし、最後のオチもグダグダしていて全然スッキリしない。

こういう芯を食ってないというか、ズレた話は他にもいくらでもある。例えば、ゆりは妊娠したことを潔に言い出せずにいた。これも言う言わないの話ではなく、ゆりが子供ができたことで家庭に入りたい気持ちが湧いてきたことに戸惑い、何をどのように選択したかを中心に描くべきだった。

紀夫がキアリスに加わったときもそうだ。紀夫は会社になったのだから今までのような名前の呼び方は止めようと提案した。こんなものはサラッと流して、本当は紀夫自身に食器5千個の注文を決断させることで、彼がすみれを全面的に信頼し、仕事上のパートナーとしてもやっていけることを示すべきだった。結局呼び方を戻すことや食器の注文を追認することで紀夫がすみれ達のやり方を認めた形にしているが、脚本家が紀夫のキャラで食器5千個発注にまで持って行く力がなかったように思える。紀夫もまたポンコツキャラである。問題を起こすのには便利な設定だが、キャラを作った脚本家自身が持て余しているように感じられることが多い。

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